バイクマフラー、1本からパイプ曲げ加工、チタンパイプ切り売りのアーマン
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2014年3月
やどかり日記:8
2014年03月29日
4月からaremanマフラーも、曲げパイプも消費税8%になってしまいます。

ご了承願います。


4月から暇になると思いますので、春だけど冬眠予定です。。。


あんまり、書くネタないし、昔の事書いてみます。



1995年秋冬、佐賀県から鈴鹿まで若いころにヒッチハイクしてみました。



当時はレースで一向に予選も通らず、嫌になって半年程フラフラしておりました。



フラフラするのも飽きた頃、ご縁があって佐賀県の、熱気球の大会にボランティアクルー

として参加することになり、佐賀県までお手伝いに行きました。


佐賀の大会は人が多くてびっくりでした。





しかも、お手伝いしたパイロットの方が日本のトップ選手なので、注目されていて、


チームウエアー着てアホ面で歩いていたら、突然自分のアホズラが大画面に映り・・・。


恥ずかしいので、カメラマンを写ルンです! で撮影しました。
(写ルンですって懐かしい)



熱気球の事何も知らないド素人なのに、チームウエアー着てるだけでカメラが追うんです・・・。

恥ずかしくて嫌なんだけど、悪い気はしない、複雑な心境でした。



佐賀の大会は、1週間程の日程で行われていたのですが、フラフラしていてもさすがに、


仕事だけは1週間も休む訳にはいかず、大会途中で鈴鹿に帰りました。






結局、鈴鹿にたどり着くまで1週間まるまるお休みすることになったけど。

(その当時お世話になった上司の方々にご苦労おかけしました)





帰る、方法はヒッチハイク!





この大会の前に、テレビ番組で、女の子が鹿児島から東京までヒッチハイクで帰る


旅を追ってた番組をやっていて、その女の子が無事に東京に着いて、


最後に発した言葉。


「日本もまだまだ捨てたもんじゃない!」 


って、言葉。



これは、本当なのか? ウソなのか? テレビだからか?


それを確かめるべく、ヒッチハイクしてみました。


そして、パイロット、クルーの皆様に見送られながら、佐賀を出発。


これから起こる出来事を何も知らない私はアホ面丸出しです。

 

やっぱ、頭デカイから帽子似合わんな~。


つづく
2014年03月22日
子供の頃に思い描いた空想を、大人になって実現した人は


どれくらいいるのでしょう?



私は、子供の頃に自転車で飛んでみたかったので、


ビール箱に板をかけてジャンプ台を作って、全力で自転車漕いで飛んでみたら、

グリップが外れて、グリップだけを握ったままアスファルトに仰向けにダイブしました。


痛いでした。


空想を実現するには、それ想当の覚悟と努力が必要と思った瞬間でした。
2014年03月21日
0.6mmの板は、サイレンサーの筒なんかに使ってます。


丸めたり、溶接工程は取引先に専用の機械でやってもらってます。



そのステンレス板の切れ端が余っていたので、これで何か作れないか考えてみました。


ふと、考えたのが、箱。


しかし、0.6mmの板を、この私の腕前で溶接できるのか???


ま~考えても仕方ない。   やってみる!




仮付けはできた。



しかし、パルスを出して溶接したら、穴が開きまくるし、板が歪まくる・・・。


板をちゃんと固定した状態じゃないと、歪で板が開いてきて、穴が開くようでした。



やっぱり、薄い板の溶接は難しい。   



良い固定方法が思い浮かばないので、あえなくちゃんと溶接するのを断念、


所々を点付けして形にして作業台(物置状態)の横に付けてみました。


一応こんな溶接で5キロぐらいの物置いても、底が抜ける事はありませんでした。



(写真の写ってない部分の溶接はボコボコ、穴、穴、芋虫状態です。)

箱のお蔭で、少々作業台のスペースが広く使えるようになり快適です。


あまりもので、なんか作って色々練習したり、改善したりしてます。


やってみないと解らない事だらけです。
2014年03月15日
先月、鈴鹿では珍しい雪が積もった日の事ですが、、、


スタッドレス履いてないし、タイヤがとぅるんとぅるん。なので、我が愛車

ダイハツ ハイゼットでの出勤を諦め、歩いて工場に向かいました。

初の徒歩出勤!


徒歩20分ぐらいで近いし、誰の足跡も無い雪道を歩くのは気持ち良いでしたが、

疲れました。



工場に着いて、ベンダー(パイプ曲げの機械)の電源を入れて暖気して、

作業を始めようと思ったら、ベンダーの下に油がにじんでるのを発見!



昨年末の大掃除ではなかったはず・・・。



気になって、油がにじんでいる原因を見つける為、メンテナンス時以外は開けないベンダーの

カバーを外してみる。




カバー開けるとベンダー内部は巨大チェーンと油圧シリンダーが姿を現します。

 意外とあっさりした構造です。


原因は油圧シリンダーのクッションバルブと呼ばれる部分から油漏れ。

拭き取っても拭き取っても油が滲んでくる。。。




これはあきませんわ!

10年以上動いている機械なので、各部品の劣化は仕方ないです。


すかさず、油漏れを直そうと思って、ネジを緩めてみたらシリンダー内に残圧が残っていて

ネジが弾けて、バシュッ! って音と共にシリンダーの油をもろに顔面と上半身に

被りました・・・。



よりによって積雪で初徒歩出勤の日に、油漏れを発見してしまう僕。

これを、市タイミングと言います。 (レース時代、先輩が付けた名称です)





油圧系の部品は慎重に扱わないと危険ですね。
もう少しで、弾けたネジが顔面直撃するところでした(汗)


市タイミングは、残念な出来事があっても、大事には至らないのがいい所です。



脱線しました・・・。


あまりにもベタベタで気持ち悪いので、その日の仕事やる気なくして、

また歩いて家に帰りました。 とにかく気持ち悪いから。


たまたまその日は急ぎ仕事が無くてラッキーでした。


クッションバルブってこんな小さな部品です。(大きさ比較するものがないけど・・・)



小さな部品ですが、ものすごい圧力を受け止めて頑張ってます。


機械ってちょっとした部品が大事だったりしますし、ちょっとした事でおかしくなります。


後日、部品交換して今では油漏れなく快調に稼働しております。

2014年03月12日
)


電気が無ければ仕事も便利な生活も出来ない事は解っている。



腹黒い奴はいつの時代ににもいる。

だけど、そのおかげで、一般庶民は安い電気を使えるのかも。
(本当はもっとコスト安いかもね!)






長生きぃ~してぇ~な~って 歌ってるのに早すぎるよ。

今、だったらどんな歌を歌うんだろう。
2014年03月08日
ベンダー(パイプ曲げ)のお仕事には欠かす事の出来ない油。

パイプを曲げる時には、滑りを良くするために油で潤滑しながら曲げ加工します。



実は私、手がベトベトする感覚が大嫌いです。

なので、油が嫌いです。。。(あの何とも言えないヌルヌル感が大嫌い)


冬は手荒れの季節ですが、ハンドクリーム付けません。

あのヌルヌル感が嫌い。


他人の車のハンドル握った時にぬるっとする感覚があると、

すかさず、指先だけでハンドルをつまみます。


普段、シンナー、アセトン素手で取り扱っており、手が荒れると思いきや、
僕の手は荒れません!!! (親に感謝です) 

若干、手の皮は剥けますけど、そんなの気にしません。



だけど、油のベトベト感だけはいつまでたっても嫌いです。


そこで、軍手の下に、使い捨てビニール手袋を忍ばせます。



いつもは、安物の使い捨て手袋を使っておりましたので、1日持たない状況でしたが、
ちょっと高めのニトリル使い捨て手袋を使ってみたら意外と長持ちしました。



裏面の説明書。


さすがに、シンナーを直に扱うとすぐにボロボロになりますが、薄いので
軍手の下でもわずかに触感を感じ取れます。


安い物とは違い、ちょっと長持ちします。

2日間使った後の状況。



今まで安物買いの銭失いでした・・・。


どうしても触感で情報を得なければならない作業の時は、素手で仕事しますが、
触感が重要でない時は、この手袋を活用しております。



油が嫌いと言いながらも、子供の頃から粘土と機械イジリが好きで油と戯れ、

レースやってる時も油と戯れ、今現在も油と格闘して、油臭い人生。




なんか自分でも意味解がらないのですが、自分の大嫌いなベトベト感が、

やりたい事と、仕事とは切り離せません。
2014年03月04日
その日の火事は、人的被害は無く、僕の住むところが無くなっただけ・・・。

出火原因は、隣の部屋の住人でした。(僕の部屋側の押入れから出火)


出火原因の方は派遣会社の人で、派遣会社の寮としてアパートに住んでいたようです。

その下の住人の部屋は消火活動で放水した水で、天井から大雨が降ってました。

しかし、その下の住人も、同じ派遣会社の人達。


この火事で住めなくなった住人は、派遣会社の手配で隣のアパートに部屋をすぐに

割り当てられ、すぐに住むところを確保した模様。


個人契約の僕は、大家さんに連絡・・・。

大家さん 「悪いけどあんたの部屋だけは電気もガスも通せないから出て行ってくれ」
       大家さんは悪くないけど、しきりに ごめんな~ と!
以上。

それから、法律では出火原因の人が周りに被害出しても、償いの義務はないんです。

なんてこった!


先ほどまでいた消防隊員も、50人以上の野次馬もいなくなり、冬の快晴の寒空と、

住めなくなってしまったアパートを眺めてしばらく一人で呆然と立ち尽くしていました。


笑うしかないです。。。


しか~し私には幸いなことに、実の兄が鈴鹿に住んでおり、実兄の家に

2~3日泊まる所を確保できて、その間に次のアパートも契約することが出来ました!

実兄含め、その時には、お金の工面、布団頂いたり、急遽保証人になってもらったり、

色々とお世話になり何とか乗り越えられました。

感謝、感謝です。


これが、まだ鈴鹿に来たばっかりで、身寄りもないときだったら・・・

と思うと、本当にどうなっていたか解りません。



災害等で、家丸ごと失った方々に比べれば、ちっぽけな出来事ですが、

なんか納得がいかないので、市役所に出向いて、

火事で住むところないのですが、何か鈴鹿市で支援は無いですか?

て聞いてみたら、何もありません。。。 ですって!


自分の生活は自分で守るほかないです。

そして有事の時こそ、人のありがたみが解る気がします。
2014年03月02日
冬は空気が乾燥して、火事になり易いので用心しましよう。



先日、工場の近くをサイレン鳴らしながら消防車が走り去っていきました。


サイレンの音を聞くたび思いだす出来事があります。






数年前の冬、静かな1Kアパートの2階に住んでいた頃の、ある日の出来事です・・・。




その日の前夜、レース時代の先輩の家に遊びに行って、ビールをたらふく頂き


ベロンベロンになったので、先輩の家に泊まって翌朝、1Kアパートに帰ることにしました。


翌朝、アパートへ帰るといつもと違う状況が待っていました。




アパートの周りにやじうま50人以上と消防車数台、僕の2階の部屋のベランダには


梯子が掛けられ、窓が割れていて・・・。



なんだこれ?


二日酔い、目も真っ赤な状態で恐る恐る消防隊員の方に聞いてみる。


もしかして、僕の部屋から火事ですか????


隊員、「あんたがここの住人か?」

それ以降の会話の記憶がありません・・・。


鎮火後の僕の部屋の状況

見た目的には、ガラスが割れて、隊員の方達が土足で部屋を歩き回って消火活動

した足跡だらけ、と、床は水浸し、黒いススで部屋が汚れている。


テレビなんかで、とんでもない災害に遭われた方のインタビューが報道されます、

人的被害が無い時には、被害者の方々が笑いながらインタビューに答えてる場面を

見る事がありますが、少しだけ気持ちが解ります。


見ていて、この人頭おかしんじゃない? って思う事がありましたが、

被害を受けて、いつもと違う光景を目の当たりにすると、笑うしかないんですね!


僕も、笑ってました。


つづく
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